今日6月30日 神宮寺(市原駅横:宮寺)で、板倉公を偲んで命日回向が行われていました。江戸時代の初期、静原川から水を引いて市原の里で稲作ができるように、灌漑用水路がつくられました。長さは全長5キロに及ぶ水路です。建設を担当したのは、当時の京都所司代の板倉重矩(いたくらしげのり)(1617-1673)でした。



この市原の地域は茶畑が多かったのですが、用水路のおかげで米が収穫できるようになり、市原の里が今日のように繁栄してきたといわれています。板倉公の死後、命日には村を挙げて法要が続けられてきました。
